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​深さという神話
 

身体を動かすとき、私たちは言葉を借りて、その感覚に輪郭を与えようとします。
支える、積み上げる、伸ばす、そして――感じる。
ピラティスの場において、こうした言葉は静かに繰り返され、いつしか「インナーマッスル」「アウターマッスル」という二語が、ほかのすべてを整理しようとする軸になっていきます。

けれど、ふと立ち止まって考えてみたくなるのです。
その言葉は、本当に私たちの身体の複雑さに寄り添っているのだろうか。
その「深さ」は、実際のどこに宿っているのだろうか――と。

身体を語る言葉と、その危うさ

レオナルド・ダヴィンチ作のVitruvian Man

Leonardo da Vinci- Vitruvian Man, Wikimedia Commons.

筋肉は、“どこにあるか”より、“何をするか”で語られるべき

 

私たちの身体を動かす筋肉のほとんどは、「骨格筋」に分類されます。これは、心臓を動かす「心筋」や、内臓を動かす「平滑筋」と区別される、自分の意志で動かすことのできる唯一の筋肉です[1]。つまり、日々「鍛えよう」と私たちが意識して動かす筋肉――インナーもアウターも、そのすべてが骨格筋です。

では、「インナーマッスル」と「アウターマッスル」という分類に、どれほどの意味があるのでしょうか。

医学やリハビリテーションの分野では、筋肉は一般に位置(深層 / 表層)や見た目(目立つ / 目立たない)ではなく、機能(stabilizer / mobilizer)によって分類されます[2]。関節を大きく動かす「グローバル筋(mobilizer)」、関節の安定性を保つ「ローカル筋(stabilizer)」という対比が代表的です[3]。

たとえば、大臀筋や広背筋はグローバル筋です。力強い動作を生み出す主動筋として働きます。一方、腹横筋、骨盤底筋、そして多裂筋は、身体の軸を繊細に支えるローカル筋とされています[4]。

ここで、ひとつ興味深い“ズレ”があります。

多裂筋(multifidus)は、脊柱を微細に制御するローカル筋の代表であり、ピラティスにおいては「パワーハウス(Core)」の一部として非常に重要視されています[5]。ところがこの多裂筋、分類上はまぎれもなく「骨格筋」であり、位置的にもいわゆる「アウター」に該当します[6]。

つまり、「アウターは使わないようにしましょう」と語るその口で、「多裂筋を活性化しましょう」と指導してしまう――この矛盾には、どこか微笑ましさすら感じられます。

もしかすると、「インナー」や「アウター」という言葉は、私たちにとって“わかりやすく思える”だけで、実際の身体のしくみには、あまり寄り添っていないのかもしれません。

​使わない筋肉は退化する

 

以前よりピラティス指導において、アウターマッスルを忌避する風潮があります。
「大臀筋を使うと骨盤の位置がずれる」「腹直筋を鍛えると姿勢が崩れる」など、その多くは科学的根拠に乏しいものです[7]。

むしろ現実には、大臀筋の不活性(gluteal amnesia)は歩行能力の低下や腰椎不安定性に直結し[8]、外腹斜筋や腹直筋の活動は体幹の統合的制御に不可欠とされています[9]。

使わない筋肉は、ただ静かに、確実に退化していきます。
筋肉のバランスとは、選別ではなく連携で成り立つものです。

ピラティスのパワーハウスを示す男性

順序としての深さ──支えてから動かす

 

実際の運動制御では、身体はある「順序」で動きます。 たとえば立ち上がる、歩く、物を持ち上げる――そのどれもが、まず腹横筋や多裂筋などローカル筋が予備的に収縮し、脊柱や関節の安定を確保した上で、大臀筋や広背筋などのグローバル筋が力強く身体を動かします。

この運動前予備収縮(feedforward activation)の仕組みは、Hodgesらの一連の研究により実証されています[10]。

つまり問題なのは、アウターかインナーかではなく、「タイミング」なのです。 ローカル筋が先に働かず、グローバル筋ばかりが先行してしまうと、効率的な運動は失われ、負担が蓄積していきます[11]。

​自分の体を、自分で引き受けるということ

 

ピラティスという実践は、教えられるものではなく、気づくものです。 指導者の言葉に学ぶことは大切です。ですが同時に、自らの身体の声に耳を澄ませ、問いを持ち続ける姿勢もまた欠かせません。

簡単に語れる言葉――「インナー」「アウター」――に安心するのではなく、なぜそう感じるのか、どこが動いて、どこが支えているのか。その繊細な問いこそが、私たちの身体を洗練させていきます。

身体の美しさは、秩序と協調に宿ります。
「感じることをやめない」こと、それが、現代を生きる身体において、最も本質的な“深さ”なのかもしれません。

​参考文献

  1. Neumann, D. A. (2010). Kinesiology of the Musculoskeletal System: Foundations for Rehabilitation (2nd ed.). Mosby.

  2. Jull, G., & Richardson, C. (2000). Motor control problems in patients with spinal pain: A new direction for therapeutic exercise. Journal of Manipulative and Physiological Therapeutics, 23(2), 115–117.

  3. Sahrmann, S. A. (2002). Diagnosis and Treatment of Movement Impairment Syndromes. Mosby.

  4. Akuthota, V., & Nadler, S. F. (2004). Core strengthening. Archives of Physical Medicine and Rehabilitation, 85(3), 86–92.

  5. Lee, D. G. (2004). The Pelvic Girdle: An Integration of Clinical Expertise and Research (3rd ed.). Churchill Livingstone.

  6. Neumann, D. A. (2010). Kinesiology of the Musculoskeletal System.

  7. Brumitt, J., & Meira, E. P. (2014). Core Assessment and Training. Human Kinetics.

  8. McGill, S. M. (2007). Low Back Disorders: Evidence-Based Prevention and Rehabilitation (2nd ed.). Human Kinetics.

  9. Axler, C. T., & McGill, S. M. (1997). Low back loads over a variety of abdominal exercises: Searching for the safest abdominal challenge. Medicine & Science in Sports & Exercise, 29(6), 804–811.

  10. Hodges, P. W., & Richardson, C. A. (1997). Feedforward control of transversus abdominis is impaired in low back pain. Spine, 24(23), 2528–2535.

  11. Cholewicki, J., & McGill, S. M. (1996). Mechanical stability of the in vivo lumbar spine: implications for injury and chronic low back pain. Clinical Biomechanics, 11(1), 1–15.

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