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​自由は足下から始まる
 

表参道にあるナウシカピラティススタジオを歩く女性の素足

足元に宿る日々の記憶を、私たちはあまりに無自覚に擦り減らしているのかもしれません。
歩行は身体の詩であり、靴底は静かな詠い手です。

​身体の声:足音に耳を澄ます

​外側が削れる:自然な軌跡

 

かかとの外側が削れる靴底。
これは不自然な歩き方ではなく、「構造上もっとも自然な減り方」です。

足部は、26個の骨と33の関節、100を超える靭帯と筋で構成される極めて精巧な構造体です。
その中でも踵骨(しょうこつ:かかとの骨)は、荷重の最初の受け手として外側に張り出すように設計され、
脛骨(けいこつ:すねの骨)からの力を地面に逃がす役割を担っています。

人の足は正面から見ると、やや「外側に傾く」ように重心がかかる構造をしています。
そのため、自然な歩行ではかかとの外側から接地 → 足裏全体へと荷重が移動 → 母趾(親指)で蹴り出すという一連のバイオメカニクスが働きます。

この軌道は「トー・オフ(toe-off)」と呼ばれる歩行後半の動作に至るまで、体幹と下肢が協調し、全身の連鎖を生み出す重要な一歩です。

Tips:自然な歩行を補助する靴 

 

この歩行の軌道を、あらかじめ靴に設計として組み込んでいるブランドのひとつが『HOKA』です。
もともと長距離トレイルランナーのためにフランスで開発されたHOKAの靴は、極端な厚底と「メタロッカー構造」と呼ばれるローリング形状により、足裏の自然な転がりを助け、かかと着地からつま先蹴り出しまでをスムーズに導きます。

ただし、外側の摩耗が過剰になると、足首の安定性が損なわれ、捻挫や膝のトラブルを招くこともあります。削れ方に気づいたら、早めの修理や調整が大切です。

​内側・中央から削れる: 静かなる崩れ

 

かかとの内側、あるいは中央が削れている靴には、別の物語が潜んでいます。

それは「内側への倒れ込み」を意味します。


足裏のアーチ構造──特に内側縦アーチ(土踏まず)──が潰れ、踵の骨が本来の垂直軸を外れて倒れている状態です。

このような足部の崩れは『過回内(オーバープロネーション)』と呼ばれます。
踵の軸が内側に傾くことで、足首から膝、股関節、骨盤、さらには脊柱にまで影響が波及していきます。
足元の小さな歪みは、全身の連鎖運動に不協和を生じさせ、慢性的な疲労感や姿勢不良の一因となります。

こうした変化は、加齢や筋力の衰えだけでなく、足に合わない靴の習慣や、幼少期の足育の不足などによって起こります。


足が靴の中で「遊ぶ」こと──それは、日々の小さな不安定さの蓄積です。

ただし、こうした状態も、かかとのポジションを安定させる中敷きや、適度な硬さのサポートで十分に整えることが可能です。
筋肉の過緊張を和らげ、骨格の正しい軌道に導くことで、自然な立位と歩行が戻ってきます。

​Tips: 矯正から始まったブランド

この「アライメントの崩れ」に対して有効なのが、足底からのサポートです。
なかでも『ニューバランス(New Balance)』は、矯正器具から出発したブランドとして知られています。

1906年、マサチューセッツ州ボストンで誕生したニューバランスは、もともと偏平足や外反足を補正するアーチサポートインソールの製造業者としてスタートしました。
「New Balance」という名前も、「新しいバランス(姿勢の安定)」をもたらすという理学療法的発想に由来しています。

現在でも、同社のインソール設計にはその思想が色濃く残っており、踵の骨を安定させ、荷重軸を足の中心に戻すという目的に沿って設計されています。
市販のインソールの中でも、骨の正しい位置を導く構造が緻密で、足全体の姿勢制御に貢献します。

​かかとが減らない:重心が行方を失う

 

ときに、靴の前方だけが減り、かかとがほとんど削れていない例があります。
これは、歩行の「着地」ではなく、「蹴り出し」だけで動いているような状態。
つまり、常に前足部で着地し、かかとが機能していない歩き方です。

この傾向は、筋肉の緊張や柔軟性の不足、日常的な姿勢の偏り(たとえば前傾姿勢での作業や荷重)、あるいは不適切な靴の影響で起こります。

とりわけ、アキレス腱や腓腹筋(ふくらはぎ)が縮こまり、かかとの接地が物理的に困難になっている状態では、前足部が過剰に酷使されます。
結果として、身体全体が「前へ倒れ込むような」歩き方となり、転倒や筋疲労のリスクが高まります。

その対策としては、靴の設計や構造を見直し、かかとから着地しやすい足運びを促すこと。
また、足首からふくらはぎにかけての柔軟性を取り戻す日々の動作も、小さな変化を生み出します。

​観察から始まる身体との対話

 

自分の靴を、ひっくり返してみる。
それは「毎日の
無意識」が『形』となって現れる瞬間です。

歩き方は癖であり、環境の記憶であり、身体の構造が語る物語です。
医師の診察よりも早く、鏡よりも正確に、靴の底は私たちの歩みを語っています。

​Footloose

 

身体は、与えられた環境に合わせて変化しようとします。

観察選択修繕という静かな儀式を重ねながら、
私たちはまた、自分の身体の声に近づいてゆけるのかもしれません。

​人生を自由に『足のおもむくまま(Footloose)』に生きたいものです。

​知的参照について

​本稿におけるHOKAおよびNew Balanceの名称は、それぞれの企業が保有する登録商標または商標です。
当該ブランドへの敬意を込めつつ、製品設計や歴史的背景に関しては、公開されている一般情報に基づいて言及しています。
本稿は特定の製品販売・推奨を目的とするものではなく、歩行に関する身体構造と道具の相互作用についての理解を深めるための一助として記述されたものです。

​参考資料一覧

  • Gray’s Anatomy for Students
    Drake, R. L., Vogl, A. W., & Mitchell, A. W. M.(Elsevier)
    解剖学の世界的標準。足部の骨格構造および歩行に関わる筋・関節機構について、視覚的にも理解しやすい図版を多数掲載。

  • Clinical Biomechanics of the Lower Extremities
    Norkin, C. C., & Levangie, P. K.
    歩行中の力学的負荷、足部の構造的役割、回内・回外の定義などに関して、臨床的視点から明確に解説。

  • The Biomechanics of Human Movement
    Winter, D. A.
    歩行の三相(ヒールストライク〜トーオフ)を含む、ヒトの移動に関する力学的分析の定番資料。

  • New Balance – Company History and Founding Ethos
    newbalance.com
    ニューバランス公式ウェブサイト。1906年にアーチサポート製造会社として設立された背景、および整形技術へのルーツ。

  • HOKA – Innovation Born in the French Alps
    hoka.com
    HOKA公式ウェブサイト。創業者がウルトラランナー向けに設計した「メタロッカー構造」やローリング走行の思想に関する説明。

  • 日本整形外科学会 足と靴の健康情報
    jsoa.or.jp
    足部のアライメント異常(外反足・偏平足など)と靴の関係、推奨されるインソール選びについての一般向け解説。

  • “歩きスマホ”がもたらす身体の前傾変化に関する研究
    筑波大学体育系研究グループ(2020)
    頭部の位置の低下と重心移動の関係性、視線の位置と足部荷重の変化に関する国内研究。

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